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「物語」―13―「安保闘争で揺れた日本」:鄭容順

月曜日の朝、美山恵子は田川俊道に土曜日、俊道からもらった大学ノートをまた俊道に渡した。大学ノートには夜、ラジオから流れてきた小林旭の歌「ズンドコ節」を聞いて胸の高鳴りを覚えたことを書いた。「話さないと何も生まれてこない。知ることもできない」と書いた。
そして初めて恵子は俊道に「今日、放課後、3時に校門で待っている。一緒に帰りませんか」と自分の言葉を話した。
俊道は「いいよ。もうクラブ活動はないので」と言った。
夕方、晩秋の黄昏時の3時、俊道と恵子は学校の校門から少し駅には遠回りになるが違う道、田んぼの間の道を歩いた。田んぼは稲刈りをして1ヶ月もたつというに籾殻もそこここにこぼれていた。
恵子は俊道に話した。
「土曜日の夜、小林旭の歌を聞いてわけもなく大学ノートに文字を走らせていた。それがハワイのことを書いていたのです。初めての体験でした。それから書くということに興奮を覚えました」
「そうか。書く興奮か。いいことですね。小林旭の歌、どの歌もせつなくさせる。なぜだろう。小林旭の歌声にせつなくさせるのか。メロデイーに切なくさせるのか。俺も好きで何枚かレコード持っている。ギターを抱いた渡鳥の映画も漫画みたいな単純なストリーなのにギターを抱いた渡鳥の歌が流れるとそれらしき物語になってくる。不思議な歌で不思議な人だなと思っている」
恵子はまた話をした。
「それにこの間買った近代映画の雑誌にアランドロン主演の映画「太陽がいっぱい」のグラフもあったわ。あの人はシャイな人だけど女性には多くのフアンが多くてうちのクラスの女の子もアランドロンかエリビスプレスリーかに分かれている。やわらかいイメージはアランドロン、精悍で肉体的な魅力はエリビスブレスリー、私はプレスリーの方が好感を持てる。アランドロンは目の色だけが魅力に思えてしょうがない」
「そういう言い方は駄目だよ。人の好みも様々でその人の取り方がある。俺もエルビスブレスリーが好きだけどアランドロンもいいと思っている。太陽がいっぱいの映画を見ると海に行きたくなるものだ。この夏休み、クラスの何人かが日本海の宮津に泳ぎにいった。それもギターを持って浜辺で覚えたての禁じられた遊びを弾いていたという。女性も太陽がいっぱいの映画が大好きでアランドロンが好きである。ギターを弾いているところに女性が大勢、集まってきた。いい格好してみたはずだったがそこは高校2年、まだ女性のことを深く知らないから恥ずかしくてギター持って海岸を走って海の家に逃げ帰った。そしたらその女性たち、また違うグループがギター持ってきて禁じられた遊びを弾いていてそこに女性がまた行って群がっていた。集まってきた男性と女性が楽しそうにしていたという。うちのクラスの奴らは『早く大人になりたい』って言っていたよ」
「そんなことがあったのですか。面白い人たちですね。大人になりたい。なるほど。アメリカフランスから見ると日本はまだまだ子どもみたいだなと思う。アメリカのハイスクールに通う高校生たち、日本の高校生と違って大人びている」
「それはそうかもしれないけれど日本もいつかは成熟した国になるよ。安保闘争を経験して日本の国のことを真剣に考える若者たちがいる。日本の国をなんとかしょうとする若者たちがいるということだよ。前に向いて語り合おうということだ。自民党の安保改定単独強行採決と自然承認をめぐって世の中は大揺れに揺れた。自分で揺さぶった人、人に言われて揺さぶった人、それぞれ思いは違うが日本の国を真正面から見ようとした若者が大勢いた。これが戦前だったら軍国主義で自分の意見が通らなかった。しかし戦後の日本は自分の言葉で発言して行動できるようになった。高校1年でデモに参加した人がいたようだ。学校はデモの参加は禁止されているので途中で隊列に合流して参加した人がいたというのを新聞記事に書いていた。俺も東京に住んでいたら参加していたかもしれない。こんな田舎に住んでいると安保の言葉は新聞記事だけで誰もそんな会話をしない。他所の出来事と思って聞いている。政治と向き合う機会もない。しかし俺は違う。民主主義になった日本、自分の言葉で語りたい。そして行動したい。こんな田舎に住んでいると自分の言葉で発言することは何かイデオロギーとカン違いされてしまう。将来は必ず自分の言葉で話すときが来る。それまで君も書くことからはやめないで俺も新聞を読み本を読んでいく」
「すごく大人びたことを話すのですね」
「そう見えるかな。ちょっと本を読みすぎたな」
「よく本を読むのですか」
「父親の部屋に行くといろんな本が置いてあるのでつい見てしまう。親父は面白い人で政治の本も読めば石原慎太郎原作の太陽の季節も読んでいる。そんな親父の影響を受けているのかな」
たそがれ時に下校する田んぼの道にはススキが揺れていた。
俊道はススキを1つ取ってきて「ミミズク」を器用に作った。
そして恵子に「あげるよ」と言って渡した。
ミミズクと安保そして自分の言葉で発言する俊道の言葉が堂々巡りに浮かびどれが本当の俊道だろうと恵子は考えていた。
考えていると駅についた。俊道は「列車に遅れる」と言って急いで駆け出して行った。そして言った。
「今度、舞子の家で誕生日会するから俺も舞子と付き合っている哲也に誘われた。今週の土曜日、昼の1時半からだ。一緒に行こう。駅で待っている」と言って駆け出していった。
恵子は「分かったわ」と言った。しかし誕生日会という言葉、友人の家でするということも初めて聞く言葉だった。とっさに「何をもっていけばいいの」と聞くと「林檎1個でもいいよ」と言った。恵子はそんなものかと思って聞いていた。


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