So-net無料ブログ作成
検索選択

「物語―青春の煌めき」―32―≪卒業後―その1≫

4月28日の土曜日、俊道と恵子、それに喫茶店で偶然に会った野村悟、恵子の後を追いかけてきた脇本美智子、4人が一緒にバスに乗って法華寺とその近くの海竜寺に行った。海竜寺は住職もいない。寂れた寺である。建物も朽ちていたが古の趣があった。
悟は法華寺で取材をしている間に俊道と恵子、美智子は海竜寺に来ていた。法華寺のすぐ東にあった。奈良に都が会った時に建てられた。光明皇后の発願で建立された。後に唐から戻ってきた僧玄昉が住持した。今は誰もいない天平建築の寺、華やかな奈良の都のあった平城京の名残をとどめている。
美智子が俊道と恵子の見学している反対の方に行った。
その時、俊道は恵子に小さい声で言った。
「明日の日曜日、三条通りにある南杜銀行本店前のところで2時に待っていて。東向南通に入った角で待っていて」
恵子は美智子がいるので黙って頷いた。

日曜日、2時に恵子は俊道と会った。
俊道は
「この通りにある喫茶店に行こう」
と、言って東向通商店街を近鉄奈良駅に向かって歩き出した。
日曜日のせいか若い男女が多く歩いている。
奈良公園に行くか猿沢池に行くか。若い男女の行くところはおよそそんなところだった。恵子は俊道の後ろをついて歩いた。
俊道は白の長袖のカッターシャツを着ていつも来ている茶色のジャンパーを羽織っていた。恵子は母親が編んだオレンジ色の半そでのセーターを着ていて茶色のタイトスカートを履いていた。
日曜日で洋裁がないので小さな布の鞄を持っていた。
これは母親の手作り、古くなった浴衣を解いて細く切って細い棒状に縫ってこれを鈎針を使って細編みで編んだ袋のかばんだった。古い浴衣を裂いたものだが白や緑、赤に黄色がまばらに見えて手作りとは思えない布かばんだった。
かばんの中は何も入っていない。
財布と文庫本1冊、まだ化粧もしていなかったので化粧道具も入っていない。
ハンカチと鼻紙、大きい鼻紙を4つ折りにして恵子が手縫いした小さな袋に入れていた。洋裁学校に行くような大きいかばんではなかったが恵子は気に入っていた。
近鉄奈良駅に近いところまで歩いたとき俊道は右側にあったジュンの喫茶店に入った
昨日、美智子も一緒に入った店である。
2階にあるので俊道は階段を上っていた。
中に入ると若い男女で混んでいる。東向通に面したテーブルは空いていない。
玄関に近いテーブルについた。俊道は
「急に呼び出してごめん。昨日は2人でお寺の見学ができると思ったのに4人になった。たまにはそれもいいがお寺めぐりは2人でしたかったな」
「すみません。いつのまにか、美智子が後ろについていたのです」
「それはいいが美智子らしいな。これからは30分遅くして1時に近鉄奈良駅で待ち合わせをしょう。その間、本屋さんに寄って時間をつぶしておいて」
「それもそうですね。美智子には本屋さんに寄るからといいます」
「それでも美智子は後をついてくるかもしれない。そのときはまた考えよう。今日は野村さんにこの餅飯殿通の奥にある元興寺を案内してもらってそこを11時半にでて昼食に東向通で一緒に食事をしていました。さっき分かれたところです。この近くのお好み焼き屋さんでお好みを食べていました。野村さんは取材があるからということで2時前に南杜銀行の前で分かれたのです」
「元興寺はよかったですか」
「瓦屋根が美しかった。またいつか一緒に行こう。さっきお好み焼きを食べたので俺はコーヒーでいいよ。美山さんは何をする」
「そうね。私はクリームソーダーでいい」
俊道が注文するとテーブルにコーヒーとクリームソーダーが運ばれた。
クリームソーダーは細長い三角形のグラスに緑色のソーダー水と白いアイスクリームが上にのっていた。ストローと持ち手が長いスプーンが入っていた。
ストローでソーダー水を飲みながらアイスクリームは長いスプーンで食べた。
2人は黙っていた。
コーヒーを飲みながら俊道はジャンパーのポケットから煙草を出した。
煙草の銘柄は「いこい」、パーケッジーに書かれたものを吸っていた。
黄土色のパーケッジーにひらがなで「いこい」と書かれて5線譜と4分休符が1つ描いたもの。まさに一服というパッケージーである。
恵子は煙草ケースのデザインを見ながら恵子の父親もこの煙草を吸っていた。食卓の上によくおいてあったので知っていた。恵子は
「あら、煙草を吸っているのですか」
「職場ではほとんど煙草を吸っているので1本もらって吸うと息抜きになった。それから1日に5・6本程度吸っている」
「そうですか」
「コマーシャルのポスターに書いていた。『今日も元気だ。たばこがうまい』です」
しばらく俊道は煙草を吸っていた。30分ほど経った。俊道は
「出よう。猿沢池のほとりを歩こう」
と、言って店を出た。猿沢池のほとりを歩いた。
ほとりは柳の新芽が初夏の風に揺れていた。
猿沢池のほとりを歩いて興福寺に通じる石段を上った。ゆっくり上った。
前の方に2人連れが歩いていた。
俊道は石段の真ん中あたりで止まった。その1段下に恵子がいた。
俊道は上らないで恵子を待った。
上に上ってきた恵子の右横に来た。
そしてそっと恵子の右手を握った。
最初は軽くそして強くぎゅっと握った。
恵子は異性に手を触れられたのが初めてでとっさにびっくりしたが心の中は俊道ならいいと思って恵子も強く握り返した。
手と手を握ったまま52の石段を上った。
上ったところで俊道は手を離した。
「びっくりした」
「ええ。とっさだったのでびっくりしたけれど田川さんなら許せると思いました」
「そうか。よかった。これで嫌われると思った」
「いいえ。私の方から田川さんに声をかけていますから」
「あれは高校2年の夏からだったな。高校時代は学校の先生が厳しくて分からないようにノートを交換したりしていた。こんなことで見つかって学校を停学になれば馬鹿らしいので分からないようにしてきた。けれど今は怖い教師もいない。いるのは親かな。俺は親の束縛を受けることはもうないだろう。社会人になったから。けれど美山さんは違う。結婚前の娘さんが男性と会うのはご法度だろうな。親は娘を結婚するまで守らないといけない義務があると思っている。俺は今、美山さんのことは好きです。高校生の時から周りと違うものを持っているとその顔形からそう思っていました。話してみたい気持ちがありました。それがこうして話をするようになってますます美山さんのことは知りたいが話さないのでよく分からないところもあるがそれはそれでいいと思っている。男性としては発展的な舞子に興味を持つ人もいる。美智子のように積極的な女性に関心のある人もいる。由加みたいな人形のようなスタイルにいいと思う人もいる。しかし俺は違う。話さないけれど書き出したら心の中を書いて人をほっとさせてくれるような気がしている。俺は美山さんが洋裁学校を卒業したらすぐ結婚しないでほしい。1度仕事をしてほしい。その仕事場は見つけてある。
野村さんにも話してある。新聞社は毎日の発刊でハードな生活、おっとりした美山さんには挫折しそうなので関連企業の雑誌社に入れてほしいと頼んでいる。
いい考えだろう」
「そんな。私、できるかどうか。向いているのかどうかわからない」
「できるとか向いているとかそれはやりながら考えればよいじゃないか。俺は向いていると思っている」
2人は話しながら興福寺境内にある五重の塔の前に来た。
五重の塔の石段に腰掛けた。
俊道はジャンパーのポケットから白いハンカチを出して恵子のところに敷いた。
自分はそのまま石段に座った。俊道は話す。
「俺はこれから多くの女性に出会っていくだろう。その時、その時、俺の気持ちに戸惑いもある。美山さんだけということもないかもしれない。しかし君と大学ノートを交換しているときに思った。友達でいい。友達で長く付き合える友達になりたいと思った。それは今も変わらない。友達が恋人になるのか分からない。これは分からない。もし恋人にならなくても長く付き合える友達でいよう」
「恋人でなくても長く付き合える友達の意味が理解できない」
「俺もわからないが2人でゆっくりと考えていこう」
「それもそうですね」
「卒業したらすぐに結婚しないで社会人として仕事をすることを頭においてほしい」
と、俊道が言った。恵子は黙って頷いた。
恵子の胸中は予想もつかない俊道との友達関係、友達関係でも結婚すると友達関係は切れてしまうのにと思っていた。まあそれでもいい。まだ社会人になった俊道、恵子は洋裁学校に通う学生、心の中で思った。月日が答えが出してくれるだろう。人生、待つこともあるのかもしれないと思った。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1

メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。