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「物語―青春の煌めき」―34―≪卒業後―その1≫

音楽広場の会場が一瞬、暗くなったがまた明かりが点いた。
明かりは舞台と会場は真ん中にあるシャンデリアが灯った。
会場の四隅は暗かったが真ん中あたりは人の顔も見えていた。
コの字型に並んだソファーにそれぞれグループが腰掛けた。
恵子たちの一行は舞台のよく見える1番前に座った。
俊道に舞子、哲也、由加らである。達男は隅に置かれたソファにトランペットの楽器を持って座っていた。由加の高校の同級生、真部信はギターを持って座っていた。その隣にもう1人の男性がギターを持って黙って座っていた。
達男と信は時折話しかけていた。
どこから来たのか40人近くソファに座っていた。
ここに座っている1人1人のつながりが集まった。
舞台の中央には音楽広場をホテル・サンサンの屋上に作った音楽好きの山田健二社長が立っていた。
山田社長は紺色のジャッケットに下はブルージーンズ、頭は7・3に分けた普通の男性のヘアスタイル。ジーンズが音楽好きらしいに見える。
ジャケットの下は黒と白のギンガムのカッターシャツを着ていた。
恵子は黒と白のギンガムのカッターシャツに少しこの町の人ととは違う雰囲気に見えた。
信は赤と白のギンガムのカッターシャツを腕の途中まで折って下は白の綿のズボンを履いていた。都会的に匂いがするいでたちに恵子は「東京ってどんなところだろう」と思った。
そんなことを思いながら舞台を見ていると山田社長がマイクを持って話し出した。
「私はこのホテルを経営しています山田健二です。今年は1963年、昭和38年です。日本が戦争に負けて18年になろうとしています。奈良はアメリカによる爆撃にあうことはありませんでしたがこの近くの天理市では柳本飛行場が建設されていました。いつ奈良も戦争の被害にあうかもしれないと思っていましたが1945年、昭和20年8月15日に日本は負けて戦争は終わりました。
それからの日本は食うや食わずで働き這い上がってきました。奈良市内には航空自衛隊が作られてアメリカの駐留軍も奈良の町をシープで走らせていました。アメリカの占領から解放されてようやく日本は自分の足で歩き初めてやっと自力で生活ができる目処が立ってきました。
このホテルはもともと親父の親、私から見ると祖父です。祖父が創設した旅館でした。昔は東大寺の大仏殿まで国鉄奈良駅から歩いてこの道を通って奈良公園に入り東大寺参拝でした。戦争の間は兵隊に行く人たちをここから送り出す旅館にもなりました。
戦争が終わって引揚者の一時滞在の宿泊として親父は提供しました。中国やシベリア抑留者の引き上げも終わりました。旅館は昔のままでいいのか親父の後を継いだ私は悩みました。
そんなときに見たアメリカ映画、エリビスプレスリーの颯爽とした音楽とそのバラードにロック、映画の背景には車が走り最新の文化を垣間みたときに日本の戦争の敗北は当然だと実感しました。アメリカ映画に出てくる洋式スタイルの建物、そしてどこにも明るい笑顔と音楽があるのです。それからそんな生活のできるホテル経営をずっと夢に描いてきました。
アメリカスタイルの文化に憧れました。しかし奈良は古代史が埋もれた町です。奈良ではすべてをアメリカ型にはできません。しかし奈良で1つぐらいは音楽が自由に演奏できて自由に多くの人が気軽に楽しめる音楽広場があってもいいと思うようになりました。親父と何度も議論をしましたが時代の先を見越して私は自分の意見を通しました。
この音楽広場は親父が中国の引揚者など無料で一時滞在をして保護したように私は音楽でこの広場を無料で開放していきます。音楽広場の利用料金はとりません。利用する人は気軽に楽しめるようにとジュースとクリームソーダーとコーヒーの3種の飲み物とコッペパンを用意しました。この料金は100円にします。これだけは料金を頂きます。ここは若者も集まり中高年も集まる場所にしたいと思っています。いずれ中高年の趣味の広場も作りたいと考えています。
その場所はホテルの横に空き地があります。そこを何か趣味などが活動できる広場にしたいと考えています。専業主婦も学んでほしいので勉強できる広場を作りたいと思っています。今日は大和新報のカメラマンと記者が取材に来て下さいました。いい記事になるようにお願いします」
山田社長が話し終わると次にスポットライトを浴びたのは今田奈津子だった。
さっき着ていた白のワンピースは赤色のワンピースに変わっていた。
袖なしに下はギャザーが入った赤のワンピースを着ていた。
真っ赤なワンピースに白の真珠のネックレスがまばゆいばかりに光っていた。
真っ赤につけた口紅にショートカットのヘア、やや小柄な奈津子はマイクを持って話し出した。
「みなさん。こんにちは。今日は午後のひとときを皆さんと一緒に楽しみたいと思っています。今日は私がここで司会をさせて頂きます今田奈津子です。プログラムは前の黒板に貼ってあります。最初は岡本達男のトランペットで『優しく愛して』そして次はギターで演奏して頂きますのは真部信さん。『禁じられた遊び』を弾いて頂きます。この後、私がソロで2曲、歌います。1曲は琵琶湖就航歌、もう1曲はマイウエイです。この後、山田社長さんの友人がビアノでジャズを2曲弾きます。そしてこの後、皆で歌いましょう。歌ったり踊ったりしましょう。歌の好きな人はマイクを持って歌って下さってもいいです」
奈津子が話し終わると会場に達男のトランペットが鳴り響いた。
確か高校時代、皆と連れ立って奈良公園を散歩したときにこの曲を聞いた。
エルビス・プレスリーの「優しく愛して」、トランペットから流れる音色に歌詞は分からないが俊道が書いてくれた歌詞を思い出していた。
歌詞は男性が女性に恋する歌、こんな歌詞のような恋になるのに恵子たちはまだ早すぎた。しかし音色はどの人の心にも入るメロデイーだった。
ギターで「禁じられた遊び」の演奏が続く。
その時、舞子は大きいお盆にコーヒーとジュースそしてクリームソーダーをのせてきた。コッペパンものっていた。恵子はジュースを取った。
口に含むと甘い香りがした。美知子と舞子と妙子はクリームソーダーを飲んでいた。哲也と俊道はコーヒーを飲んでいた。
恵子はこの支払いは誰がしたのか気になった。
横に座っている俊道に聞いた。
俊道は
「今日は音楽広場のこけら落しで皆、無料だと達男さんが言っていたよ」
「そうですか。次からは飲み物の料金はとるのですね」
「そりゃ、そうでしょう。全部無料にすると音楽広場がつぶれてしまうよ」
「それもそうですね」
美知子は斜め向かいに座っている野村悟の顔を何度か見ていた。
悟は舞台の奈津子の顔を食い入るように見ていた
ふと恵子は思った。
ここにも男女のドラマがこれから生まれていくのだろうかと思った。

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